「まぬえる、これはなあに」
小さな頭に、大きな狐の耳。それが、幼子が話す様に合わせてぴくぴくと動く。
神官のマヌエルが神獣の世話を申し付かったのは初めてのことだ。
神殿がある場所よりもさらに奥にある、神聖な深い森で神獣たちは生まれてくる。もちろん、この森以外でも神獣は生まれるのだが、この森の中から生まれる神獣たちはより神聖で、高位なものが現れるとされており、王族と契約することも多かった。
しかし、今マヌエルが世話をしている狐の姿を取る神獣を最後に、新しい神獣は生まれていない。
(王家の腐敗を、神がご存知なのだろう)
小さな手。それを握りながら、神殿の薬草園を歩く。
「ルイエ様。それはギスギスの葉ですよ」
ぶっきらぼうな言い方をなるべく直すように気をつけてはいるが、今までひたすら薬草の研究と修行に打ち込んできたマヌエルに、幼い子の相手をしろというのが難しい。はしばみ色の大きな瞳を瞬かせると、驚いた顔で見てきた。もしかしたら、怖がらせてしまっただろうか。
少し悩んで、マヌエルは大きなギスギスの葉を一つ引き抜くと、小さな神獣の手にそれを握らせた。
「ほら、こうすればまるで傘のようでしょう。ギスギスは根を薬用に使うのですが、私が子どもの頃はこうやって遊んでいました」
「おお!」
おもしろいね、と幼い神獣が楽し気に笑った。彼の神獣の感情を現す尻尾が、興奮して大きく揺れている。その様子を見ながらマヌエルは微笑んだが、同時に幼い神獣の未来を想って、胸も痛んだ。賢王で知られた前王が若くして崩御し、唯一の遺された王子は虚弱で到底王位を継ぐことは難しいという話だ。狡そうな顔をした王弟が玉座に収まるのだろうが――このまだ幼い神獣の主に、彼らがなるのだろうかと考えると辛い。
(どうか――どうか、この子が神獣だからではなく、この子の存在自体を愛してくれる方と、契約ができれば良いのだが……)
人に似た姿を取るようになれば、神獣は人と契約を結ぶこととなる。契約なしでは成長できないどころか、神獣として存在することができない――そういう、生き物だ。
段々と気持ちが沈んでいく中、不意にギスギスの葉を押し付けられた。
「まぬえる。あめが、ふってきたみたい」
一帯を湿らすための優しい雨。
先ほど、傘のようだと言ったからだろう、濡れてはいけないと真面目な顔で幼子がギスギスの葉をマヌエルに差し出してくる。
「ねえ、どうしておめめだけ、あめにぬれてるの?」
「あれ……本当ですね、お恥ずかしい」
急いで涙を拭うと、本格的に降りだす前にと幼い己の主を抱え上げる。
「たかいねえ。まぬえる、せがたかくてすごい!」
ニコニコと笑顔を浮かべながらも、頑張ってギスギスの葉を握りしめている小さな主の必死な様子に、マヌエルもつい笑ってしまう。
そうして。
マヌエルの幼い主が、前王の子と契約を結んだのは、これから少し後のことだった。